マタイ福音書、全28章を読むために役立つ解説を、一日一章、毎日更新しています。
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ちょこっと解説

ここで登場する「占星術の学者」は、口語訳などの以前の聖書の訳では「博士」と訳されていましたから、「三博士」と言ったほうが馴染みのあるかもしれません。

彼らはイスラエルの新しい王として生まれたイエスを礼拝し、黄金と没薬と乳香を捧げています。
この三つは、「イエスがいったいどのようなお方として来られたのか」を表す贈り物になっていると言われます。
黄金は王であるイエスを表し、
乳香は主に神殿で焚かれていましたから、神様と私たちの間を取り持つ大祭司としてのイエスを表し、
そして没薬は死者の弔いのために使われていましたから、十字架において私たちのために死んでくださる救い主としてのイエスを表しているのです。
これらが誕生の時点で示されていることも、旧約の預言と同じく「神様がこれから成就されるご計画の約束」としての意味が込められていると言っても良いでしょう。

この学者たちはユダヤ人ではありませんでした。イエスがユダヤ人以外の賢者たちに王・祭司・救い主として認められるという出来事が記されることによって、旧約の神様の救いの範囲がイエスによって拡大されて、世界の全ての人々にとっての救い主となっていくことが暗示されているのです。
そのためこの出来事を「主の顕現」や「公現日(エピファニー)」と呼び、1月6日までをクリスマスの期間としてキリスト教会は毎年お祝いしているのです。

一方当時のユダヤの王であったヘロデは、学者たちの知らせを聞き、律法学者に調べさせ、預言書に「救い主はベツレヘムで生まれる」と書いてあることを知ります。
自らの王座が奪われることを恐れたヘロデはベツレヘム中の嬰児を虐殺する凶行に出ますが、先んじて御使い(天使)からお告げを受けていたイエスとその家族はエジプトへと逃げ延びています。
ヘロデが死んだあとガリラヤ地方のナザレという町に戻ってくることになりますが、ここには旧約聖書の「出エジプト記」との共通点が見えてきます。
出エジプト記でも、エジプト王ファラオがイスラエルの人々(当時はヘブライ人と呼ばれていました)の嬰児を虐殺する命令を出しているからです。
そのようなファラオの行いに報いるように、神様はモーセをリーダーとして「主の過ぎ越し」という災いを起こし、エジプト中の初子(跡継ぎである長男)を全て殺す、ということをするのです。
しかしイエスの際には、神様はヘロデに何も報いや災いを起こしていません。
むしろイエスのほうをただ逃がし、いわば救い主を”難民”にしていくのです。
これは神様がイエスを、力によって世の力に対抗する者としてではなく、徹底的に弱い立場に立つことによって世に対抗し、人を救う救い主として立てられたことが暗示されているのです。

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