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devotion and thinking.

電子書籍に向いてない

 私が電子書籍に一定の評価をするようになったのは、Kindle Paperwhiteのおかげだった。
 まるで紙のような質感を実現した、発光しないディスプレイに虜になった。昔から複数冊を並行で読み進めてしまうために、端末一つで済んでしまう電子書籍の手軽さは救世主みたいな存在だった。

 Kindle Paperwhiteが壊れた時、その魔法は跡形もなく消え去った。

 スマホのディスプレイで読む本は、読んでいる間は気にならなかったが、読了したあと、まったく頭に残っていなかった。
 確かに熱中して読んだはずなのに、感想でも書き起こすかと思って思い出そうとすると、あらすじはともかく細かなところがすべてスッポ抜けていて、思い出せない。
 紙で読むのと、全然記憶の残り方が違うのだ。
 感覚的に、紙の本>>Kindle端末>>>>>|越えられない壁|>>>スマホディスプレイ電子書籍、くらい記憶に残っていない。

 調べてみたら、このような研究が見つかった。
 『Screen vs. Paper: Which One Boosts Reading Comprehension?」』

 同じ情報を紙で読んだ学生と、ディスプレイで読んだ学生で理解度テストをすると、前者のほうが点数が高かったという結果になった。また、紙で読んだ学生のほうが、物語の時系列を正しく思い出せる傾向にあったという。
 これを「スクリーン劣性効果(The Screen Inferiority Effect)」と呼んでいる。
 どうやら紙という材質に触れる「本を読む」という体験自体が、「本に書いてある情報を受け取り記憶する」ことを後押ししてくれているのではないかというのだ。

 ただ、個人的に根拠なく思うのは、多分これは私たちの脳がまだ、ディスプレイから情報を得るということに慣れていないからではないか、とも思ったりする。
 つまり、人間の脳の構造変化(あるいは進化)が、技術革新に追いついてない可能性だ。それはスマホが登場してわたしたちの親指の感覚が異常に進化したように、起こりうる可能性がある。
 ただ、指一本の感覚ではなく脳全体の働き自体が変化していくまでは時間がかかるだろうし、その前にテクノロジーのほうが私たちの感覚に寄り添うように進化していくかもしれない。
 たとえば、触感フィードバックがあるタッチパネルキーボードというアイディアのように。
 今でさえタッチパネルキーボードよりも物理キーボードが優勢であるのは、タッチパネルでは触感フィードバックが十分でないからだ。
 しかし中空に映し出したキーボードをタッチするだけで、「まるでキーを押しているかのような反動」を電気信号で脳に送り「錯覚させる」ことはできるし、レーザー光で机に映し出したキーボードに「まるで触れたかのように認識してキー入力する」という技術は既に実現している。
 果たしてそこまでの技術の進化が起きてなお、私たちの脳は、それでも物理的な質感や体験をもってして情報をトータルに受け取る、ということをやめられないのかもしれない。
 それは懐古的な、ロマンとも言うべき感覚かもしれないが、電子書籍がどれだけ出版における市民権を得たとしても、紙の本がなくなった未来に生きたくはないな、とも思う。

「紙の本で読む」その先にあるもの

 ただ、思うのは紙の本で読むということ──その手触りや匂い、残りページが少しずつ減っていくときのあの感覚や、心に刻みたい言葉に線を引き、付箋をはさみ、あるいは折り目をつけるような「体験」──を通して読書をする、ということが、私たちの脳にとって、「その後」にも大きな影響の差を生み出していくようにも思う。
 
 つまり、その本を読んだ後、その内容を吟味し、自分の考えや価値観と照らし合わせ、自分の人生における振る舞いや考え方を再考するという深い人間的な思索のために、その「体験」は必要不可欠なものなのではないかと思う。
 
 デジタルにおける読書で欠けてしまった内容の記憶とその体験の欠如によって、本来その本がその後に私たちの人生に少なからず影響を及ぼすはずだった、という将来の出来事までも奪い去られてはいないか、と少しゾッとする。
 

Audibleも試してみた

 話は変わるが、Audibleも試してみたことがある。
 なにか別のことをやりながら読書ができるのはいいよ、ということを言っていた人がいて、試しに導入してみたのだが、自分にとって液晶ディスプレイの読書以上に何一つ残らなかった。
 聞いた端から何を言っていたのか忘れてしまう。
 Audibleでたった1章聞いただけで、なんだか変に疲れてしまったし、他のことを同時になんて全然無理だった。
 なんとなく昔から映画を見るときには吹替版よりも字幕版のほうがストーリーを追いやすいなと思っていたのだが、どうやら自分は「耳で聞いた言葉を頭の中で文字に変換して、それを読んで理解する」ということをしているらしい。
 どおりで聞いたことのない言葉を聞き取って理解するのがすごく苦手なわけだ、ということを最近発見した。
 Audibleは解約した。

紙の本って良いよね

 結局何が言いたかったのかと言うと、紙の本っていいよね、ということだ。
 その「いいよね」は、なんとなくいい、ということではなくて、私たちの脳の構造が喜ぶ媒体として形作られてきたのだなということを実感する。
 表紙の色使いと手触り、紙の匂い。本を開き、ページをめくるときのさらりとした音。
 そこに綴られる言葉の内容によって、文字が踊り、走り、あるいは震え、にじみ、立ち止まる。色がつく。実際にはそんなことはないのだが、その本に熱中しているときほど、「私が本を読む」ではなく「本が私を手招きする」感覚に陥る。

これだから紙の本はやめられない、と久しぶりに紙の本を読み終えて、思う。