コリントの信徒への手紙一 2:3-5

そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした。わたしの言葉もわたしの宣教も、知恵にあふれた言葉によらず、“霊”と力の証明によるものでした。それは、あなたがたが人の知恵によってではなく、神の力によって信じるようになるためでした。

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「知恵に溢れた言葉」をフランシスコ訳では「説得力ある知恵に溢れた雄弁」と訳している。
パウロはアテネでイエス・キリストについて宣教をしたが、アテネの哲学者たちは全く取り合わず、無視をして立ち去ってしまった。
そのことをパウロは宣教の失敗として気に病み、「恐れと不安に駆られて」コリントにやってきたことがよく伝わる訳出だと思う。
自分の言葉がなぜ彼らに響かなかったのか、それは自分の言葉の「説得力と知恵」によって伝えようとしたからではないかという驕りにパウロ自身が気付かされた瞬間がここにあらわされている。

神様は私たちが私たち自身を誇ることがないように、しばしばこのような失敗を与えられる。
パウロもそのことに気付かされ、むしろ自分の行為のうちに働く神の力に委ねることを勧めているのだ。

私たちは神様の働きをコントロールすることはできない。
しかし、御心に適った私たちの働きを、神様は確かに用いてくださるのだ。
その謙虚さにこそ、私たちは常に立たされているのである。