- キリストという手紙(黙想2コリ3:3)
黙想2コリ3:3
- 祈りを引き取る神様
イエス・キリストは人となった神様だった。
- 5つの言葉(1コリ14:19)
しかし、わたしは他の人たちをも教えるために、教会では異言で一万の言葉を語るより、理性によって五つの言葉を語る方をとります。
- 黙想ルカ1:1-3
わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。 そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈す
- 祈れば必ず叶うのか
私たちはしばしば順序を逆にしてしまう。 手段と目的が逆転するように。 特に神様に関してはいつもそうなってしまう。 神様を信じれば平安が与えられる。それは確かなことだ。 しかし平安を求めるあまりに、無理やり自分の気持ちをねじ曲げて、神様を信じたふりをしてしまう。 そうしてなお平安が
- キリスト教と共産主義
「イエス・キリストの教えって共産主義にすごく似てる」と言われて、頭をかしげた。
- 黙想Iコリ2:3-5
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- 黙想1コリ13:4-8
愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅びない。
- 黙想1ヨハネ1:7
しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。
- 黙想フィリピ1:6
「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。」
- 罪の赦しと復活のつながり
イエスの十字架が私たちの罪を赦すためであったのなら、なぜ罪を赦された私たちがイエスの復活にも与れるということになるのかという問いに対して、そうか、と気付く。 イエスは十字架で釘打たれ、死に至ったあと、どこで復活したのか? それは墓の中だった。決して罪の償いのための十字架の上で復活
- 黙想ヨハネ14:27
わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな。
- 黙想ミカ5:1
エフラタのベツレヘムよ お前はユダの氏族の中でいと小さき者。 お前の中から、わたしのために イスラエルを治める者が出る。 彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる。
- 黙想マタイ5:43-44
「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。
- 黙想マタイ6:34
だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」
- 黙想マタイ18:20
二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。
- 黙想詩編119:11
「わたしは仰せを心に納めています。あなたに対して過ちを犯すことのないように。」
- 黙想ルカ10:2
収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。
- 黙想ルカ17:1
イエスは弟子たちに言われた。「つまずきは避けられない。だが、それをもたらす者は不幸である。
- 黙想ロマ12:1
自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。
- 黙想ローマ12:12
「希望をもって喜び、苦難を耐え忍び、たゆまず祈りなさい。 」
- イエスのゆるし
イエス・キリストが愛とゆるしを強調したからと、
- 天地の支配は愛ありき
神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。神は彼らを祝福して言われた。「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。(創世記1:27-28)」
- ハガルとイシュマエルの対比
substackで見つけた、ハガルとイシュマエルとの対比で解き明かす解釈を初めて見た。面白い。
- 殺されてもなくならないもの
イエス・キリストは、自分が殺されたって、語られたメッセージは殺されないということをよくわかっていたんだと思う。
- 真の平和と愛のありか
イエス・キリストが伝えたかったことって、政治的な権力や支配を打ち倒してわずかな期間の平和をもぎ取ることがあなたたちの救いだ、とは決して言わなかったんだよね。 だっていつの時代も支配者は悪を持って蔓延るに違いないし、それを打倒してもいっときの平和しか与えられない、人は誰しもそれだけ
- 苦しみはなくならない、でも
いくら祈っても病気はすぐさま癒やされないし、すべての人はいつか死ぬ。 そうして聖書を読んで「イエスは病を癒し、死んだ人を蘇らせたというが、自分にはそうしてはくれない」と言うのは違う。
- ノアの箱舟における虹の意味
更に神は言われた。「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。 すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。 わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れる
- 信仰することによって起こること
なにがしかを信仰する、それ自体が人生である、ということには二つのどちらかが起こる。
- 戦いの日々の中に聞く
「そのときあなたたちが戦う必要はない。堅く立って、主があなたたちを救うのを見よ。ユダとエルサレムの人々よ、恐れるな。おじけるな。明日敵に向かって出て行け。主が共にいる。」
- 宗教は神の全てを教えてはくれない
ふと思う。宗教はたしかにこの世の答えの出ない問題に答えを与えてくれると思うけれども、でも万能ではないのでその答えが唯一にして絶対の答えになる、というわけではない。
- 黙想マタイ6:5
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