イエス・キリストは、自分が殺されたって、語られたメッセージは殺されないということをよくわかっていたんだと思う。
「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。(ヨハネによる福音書 12:24)」
このように語られている通り、世界を変えたい、苦しむ人々を救いたいと願う時、目の前にいる人に手を差し伸べていくことは大事だ。
でもそれをイエスは一人でやり遂げようとはしなかった。
そういう働きを”みんな”でやることで、世界は初めて良い方向に向かうんだ、と呼びかけ、多くの弟子たちにその救いの働きを委ねていくことを選んだ。
なぜなら世界は、神様の思い通りに動かされるゲームの盤面なんかではないし、ましてや大きな権力を持つ誰かの手によって自分勝手に動かしていいものでもない。
神様が私たちを信頼し、委ねてくださっているものだからだ。
神は彼らを祝福して言われた。 「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。(創世記 1:28)」