更に神は言われた。「あなたたちならびにあなたたちと共にいるすべての生き物と、代々とこしえにわたしが立てる契約のしるしはこれである。 すなわち、わたしは雲の中にわたしの虹を置く。これはわたしと大地の間に立てた契約のしるしとなる。 わたしが地の上に雲を湧き起こらせ、雲の中に虹が現れると、わたしは、わたしとあなたたちならびにすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた契約に心を留める。水が洪水となって、肉なるものをすべて滅ぼすことは決してない。 雲の中に虹が現れると、わたしはそれを見て、神と地上のすべての生き物、すべて肉なるものとの間に立てた永遠の契約に心を留める。(創世記9:12-16)」

サブスタックのある記事を読んで、ノアの箱舟の物語が、新しい視点で見えてきた。

「それだけではなく、(創世記のノアの物語における)虹はどんな形をしているのでしょうか?空にかかる虹がどのように見えるかを考えてみましょう。それが射手の弓だった場合、矢はどこを指していますか?それはもはや地球ではなく、天を向いています。神は破壊の武器を置いているだけではなく、本質的には「代わりに私が破壊を引き受ける」と言っているのです。」

神様が考えておられること、聖書が伝えようとしているそのみ心は、旧約から新約まで一貫していることを再確認できて、今すごく感動している。

キリスト教の神様は、徹頭徹尾、自ら傷と痛みを引き受けてまでも、私たちを愛し、私たちと手を取り合い、平和を祈り続ける神なのだ。

Substack:Why Fighting Over Rainbows Isn't Biblical.