なにがしかを信仰する、それ自体が人生である、ということには二つのどちらかが起こる。
一つは、信仰対象を絶対化し、それ以外のものを受け付けなくなってしまうということ。
人生がそれ以外に存在できなくなり、凝り固まり、限定されてしまう。
もう一つは、信仰することによって、目の前の現実がよりいっそう鮮やかに、明確に見えるようになり、歩むべき人生の選択肢がはっきりと指示されるようになるということ。
本来宗教というのは後者の様相を私たちに与えるものであり、イエスもまた「真理はあなたがたを自由にする」と言う。
宗教は人を縛るものではなく、自由な選択肢の中から歩むべき道を明らかにし、寛容と共生を勧めるものなのだ。