いくら祈っても病気はすぐさま癒やされないし、すべての人はいつか死ぬ。
そうして聖書を読んで「イエスは病を癒し、死んだ人を蘇らせたというが、自分にはそうしてはくれない」と言うのは違う。

当時同じように奇跡の恵みだけを願った人々に対して、イエスは「あなたがたは……『カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ』と言うにちがいない。(ルカ4:23)」と言って、奇跡を起こすことを拒まれた。
大事なのは奇跡そのものではなく、神様はどういう方なのか、というメッセージをそこに聞くことが大事だからだ。

この世のあらゆる苦しみは、この世を離れて神様の御許に行くまでなくならない。
でも、この世はしんどいよ、と叫ぶ私たちの声を拾い上げ、それでも一緒になんとかこの世を生きていってほしいと隣に生きてくれた、そういう神様がいることが救いなのだ。