焦燥

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ふと思う。指を一本も動かさずに、考えただけで投稿画面に打ち込まれ、修正まで済ませてあとは手動でpostするだけにならないかな、と。
そのくらい今は心のどこかが疲れているのかもしれないし、そもそも何かを書きたいという気持ちそのものが削がれていて、またエンジンをかけ直すのにすごく時間と気力がいる、そんな気持ちを抱えながら日にちだけが過ぎていっている。

たぶんスランプとかではなくて、一年間新しい職場で走り抜けてきた後の燃え尽き症候群みたいな感じなんだと思う。
でも、今このタイミングで何か言葉にして、こうして打ち込んでおかないと、このまま動けなくなってしまうんじゃないかという恐れもある。
その焦燥感だけでいまこの文章を書いている。

たぶん自分には、自分の中に何かを表現したい、というものがないんだと思う。
周りにある話題に対して自分が考えたことをコメントすることはできても、何か自由に話してください、と言われると、途端に何を話していいかわからなくなってしまう。
「なんでもない文章を書く」ことの難しさを感じているからこそ、その難しさを習慣とかお題とか聖書のメッセージとかそういうものの力を借りて乗り越えて、書き続けていく先に「書くことへの楽しさ」があたえられていくものだと感じている。

でも、そもそも書き始める事が出来ないと、その力すらも失われてしまうと、途端にその楽しさや喜びが遠いものになってしまって、こうして文章を書くということ自体のハードルがすごく高く感じてしまって、「どうやって文章を書いていたんだっけ?」という基本的なことさえあやふやになってしまう。
あくまで体感だから共感はされないことだろうと思うけれど、それくらい今、いっぱいいっぱいで、同時にからっぽで、心も体も動けないし、そのことにすごく焦っている。

休めば治るかというと、その確証はなくて、多分すこし疲れてしまったのかな、と思う。
でも2週間ほどSNSに投稿をやめてわかったことは、ほっとした、リセットできた、みたいな気持ちは全然なくて、ただ焦りだけが募ったということだった。

ここまで書いてみて思い当たったのは、この焦燥感の源の一つは「他の人はちゃんといろんなことを書いて発信できているのに、自分は何気ない言葉さえ出てこない/書く気力が起きない」ということなのではないかと思う。

もうしばらくは、SNSから離れて(今後はいったん見ることもやめてみようかと思う)、自サイトに閉じこもって黙々と何かを書いてみようと思う。
多分今自分に必要なのは、自分と他者との比較をすることから離れて、自分を取り戻すことなのかもしれない。
書かなくてもいい、書けなくてもいいと自分を赦すこと、そして誰かに見せるためではなくて自分が書きたいものを書くという原点に立ち返ることが、今の自分には必要なのかもしれない。

こうして書くことによって自分の感じていることを整理していく、その作業自体が、まるで祈りのようだ、と思う。