あなたがあなたであること


「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくて、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」
──マルコによる福音書 9:37

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地位や名誉によってイエスは私たちを受け入れてくださるのではない。子どもは何一つそれらを持っていないからだ。

私たちは生まれたばかりの赤ん坊を抱くとき、誰であっても無意識に、そっと、包み込むような姿勢を取るものだ。
赤ん坊は何も持っていないし、自分で何もすることはできない。それでも私たちは赤ん坊にそのように接する。それは、私たちの心に元来備わっている愛が顔を出す瞬間なのだ。
イエスはそのような愛を、すべての人へと向けてくださっている。私たちが赤ん坊に向ける無条件の愛のまなざしで、私たちを見つめてくださっているのだ。

私たちのうちに元々備わっている愛を、私たちは簡単に忘れてしまう。色んなものを手に入れて、これがあるから自分は大丈夫、これが自分を表すものだと、自分自身の価値を、手に入れたものの中に見出してしまうこともある。
でも、あなたの本当の価値は、何かを持っていること、あなたが何かを成し遂げられることにあるのではないとイエスは見る。

あなたがあなたであること。そのいのちそのものをイエスは見る。赤ん坊の頃から変わることのない、いのちそのものの尊さを、私たちのうちに見つめ続けてくださっているのだ。
そしてそれはイエスだから見えるものではないと呼びかけておられる。私たちのうちに、イエスの愛のまなざし、無条件の愛が備わっていることを、再び思い起こさせてくれるのだ。