それでもあなたを赦すよ


イエスはこう話し終えると、心を騒がせ、断言された。「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。」……ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。
──ヨハネによる福音書 13:21,27

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キリスト教の中で最も大事なお祝いの時はいつか、皆さんは知っているでしょうか。
イエスキリストの誕生をお祝いするクリスマスももちろん大事ですし、よく知られていると思いますが、実はクリスマスよりも大事なのが、イエス・キリストが十字架の死から復活されたことをお祝いする復活祭、イースターなのです。

今年のイースターは4月20日に全世界のキリスト教会で行われます。
そしてその前の1週間は、キリストの復活の前に起こった、イエスの十字架の死にまつわる出来事を思い起こす一週間なのです。

先ほどお読みした聖書の言葉は、無実のイエスが十字架にかけられるきっかけとなった、裏切りの弟子であるイスカリオテのユダとの会話です。
最後の晩餐と呼ばれるレオナルドダヴィンチが描いた有名な絵画がありますが、その場面の中で、「弟子たちのうちの一人が私を裏切ろうとしている」とイエスは言われます。

イエスは裏切ろうとしていたユダのことを知っていました。でも、ユダに今日聖書の箇所の言葉を告げるのです。「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」
なぜイエスはユダにこのように言ったのでしょうか。自ら裏切り、イエス自身を死に追いやる過ちを起こそうとするユダを、イエスはなぜ止めなかったんでしょうか。
それは、ユダ自身が自分の選択が間違っていたことを、自分で気づくようにと願っておられたからなのです。
そのためにイエスは、自分が裏切られ、傷ついたっていいと、たとえ十字架の死に追いやられても、あなたが過ちを反省できるならそれでもいいと、イエスはユダに対して愛と赦しの眼差しを向けておられたということなのです。

私たち皆、誰でも間違います。大人であっても、間違うことがあります。
でも、イエス様が教えておられるのは、決して間違ってはいけない、ということではありません。
間違わないように出来るならそれが一番ですが、間違ってしまったときには、自ら反省し、傷つけてしまった人には謝ることを、イエス様は私たちに望んでおられるのです。
そして私たちが誰かの間違いのせいで傷付けられた時には、それを赦すことの大切さも、イエス様ご自身の姿から学びたいと思います。

私たちは皆、人を死に追いやるほどの大きな間違いを犯してしまうかもしれない、そんな存在なのです。
聖書はその現実を「私たちは皆、罪人だ」と表現しています。

でも、自分のことしか考えずに生きるのと、自分は間違うかもしれないと注意しながら生きるのとでは、毎日の過ごし方は大きく変わってくることでしょう。
私たち皆が罪人であるからこそ、そんな私たちを赦すために、そして間違った時には赦し合って生きることが出来るように、イエス様は裏切りを受け入れ、十字架にかかって死んでくださいました。
そしてそのことを伝えるために、十字架の死から復活してくださったのが、今週末の日曜日に祝われるイースターの出来事なのです。