空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。
──マタイによる福音書 6:26
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相対性理論などで有名な物理学者に、アインシュタインという人がいます。数学においてはスペシャリストであるアインシュタインが、ある日の授業で、黒板に九九の式を書いたという話があります。
「9×1=9 9×2=18」と順々に書いていき、「9×9=81」まで9の段を書きました。
ここまでは何の変哲もない九九でした。
しかしここでアインシュタインはこのように書きました。
「9×10=91」
授業を受けていた生徒たちは驚き、思わず笑いました。あのアインシュタインが、基本的な計算の答えを間違えたからです。
アインシュタインは生徒の笑いが静まったのを待ってから、このようなことを言いました。
「今、私が9つの問題を正しく解いたことを、誰も祝福しなかった。しかし、たった一つの間違えに対して皆は笑い始めた。これは誰であれ、その人物がどれだけ成功したとしても、社会はほんの小さな間違いを見つけ、指摘するということの証だ。」
このようにアインシュタインが指摘したことは、昔も今も、変わることのない私たち本質であるように思います。
誰かの正しさを褒め称える人よりも、誰かが間違ったことをやり玉に挙げてあざ笑ったり、あるいは怒りを向ける人のほうが多いのです。
もし私たちがそのような嘲笑や怒りにさらされたら、自分が否定されたような気持ちがして、心が傷つくかもしれません。
しかし今日の聖書の言葉は言うのです。空を飛ぶ鳥は、仕事をしたり、試験で特別良い結果を取るわけでもない。それでも神様は鳥を生かしてくれている。ましてや人間であればなおのことではないか、と。
神様は、あなたがただそこに生きているという尊い価値を認めてくださる、そういう神様であるのだと、イエスは言ったのです。
アインシュタインは続けてこのようにも語りました。
「誰かに間違いを批判された時は、自分のすばらしさを思い出してほしい。もし批判を避けたいなら、何もせず何も言わず何者にもならなければいい。でも、そんな人生に意味があるだろうか? 夢を持ち、前に進む人だけが間違えたり批判されたりするのだ。」
私たち人間は、誰でも間違います。聖書はそのことを繰り返し伝えています。
しかし神様はこの世界の始まりの物語からずっと、そんな間違いを犯す私たちを許し続けています。
それは、神様が私たちを誰よりも愛しているからです。むしろ間違いさえ利用して、私たちを正しい道へと導こうとされるのです。
イエスはそのような愛を私たちが向けられていることを伝えました。
それはアインシュタインが言ったように、失敗を前に進むための力に変えるための、愛なのです。
そのような揺らがない愛、私たちの価値を認めてくださる神様のまなざしがあるから、私たちも間違ってしまった部分にちゃんと向き合うことができるのです。
そしてどれだけ間違ったとしても、神様の前においては、あなたの価値は揺らぐことがないのです。