【黙想】『キリストにならう』 第1巻第1章1


「私に従う人は闇の中を歩かない」(ヨハネ8・2)と主は言われる。これはキリストのみことばである。もし私たちがまことに光に照らされ、心の暗闇を抜け出したいなら、その生涯と行いにならわなければならないことを勧めておられるのである。したがって私たちの第一の務めは、イエス・キリストの生活を黙想することにある。

──『キリストにならう』 第1巻第1章1

『キリストにならう』という著者不明の書がある。
カトリック教会では500年以上も親しまれてきたとされる信心書だ。
その素晴らしさは、先日の記事に書き散らしたけれど、本文を読みながら思ったこと(黙想)を書き散らす、というのもいいなと思ったので、本文を引用しながら短く黙想を書いてみたい。

+黙想+

ここに、聖書を読み、それにならって生きるために大事なことが語られている。
聖書は単なる「成功する人生のためのハウツー本」ではない。
むしろこの世の成功、次々と私たちの目を奪おうとしてくるもの、あらゆるきらびやかなもの、いっときの満足を与えてくれるものの誘惑から遠ざかり、ひとり祈ることの重要性を教えられる。

イエスもまた、時折「ひとりで」「静かな場所へ退き」「祈りに行かれた」──神の言葉に聞き、語らう時間を確保された。
それこそがこの世の誘惑にあふれる中でそれを退け、最も永遠にして確固たる神への信頼により頼む生き方へと立ち返るために必要なものだった。

そのイエスの生活を黙想する、いっときの時間は、この世の日々に乱され振り回されている私たちの心をどれだけ静め、整え、休ませ、そして明日への活力を与えてくれることだろう。
それこそ、イエスの生活に私たちも生きるということではなかろうか。