二十歳を迎えたあなたたちへ(2025)


神の恵みによって今日のわたしがあるのです。

──コリントの信徒への手紙I 15:10

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20歳になられる皆さん、おめでとうございます。
2022年からの法改正によって、18歳から成人ということになりましたが、最近変わったばかりなのでまだしっくり来ていません。
でも私たちが今日ここで考えるべき大事なことは、成人の日──「わたしたちが成人として認められるということはいったいどういうことなんだろうか」ということです。

この成人の日が制定された経緯を皆さんは知っているでしょうか?
初めて制定されたのは1948年。終戦からわずか3年後のことでした。
「欲しがりません、勝つまでは」と言う標語を皆さんもご存じかと思いますが、そのような戦いを終えた第二次世界大戦後の日本は、貧しさの中にありました。
そのような中で、若者たちに大人の自覚を持ってもらい、「貧しさに負けず、国を支える人材として成長してもらいたい」という考えにより、「成人の日」が制定されたそうです。

それから七十年あまり、私たちの生活と言うのは驚くほど豊かになったと思います。
食べ物はもちろん、iPadを学校全員の先生と全校生徒が持つ時代が来るだなんて、私が皆さんくらいの時には思いもしませんでした。まだiPhoneが出始めの頃ですからね。
モノに困ることはなくなり、便利になり、情報も処理が追い付かないほどの速さと量で届けられるようになった、多くのことで豊かになった現代です。
でもそういう時だからこそ、貧しいままであるものに、目が向けられるのではないでしょうか。
ノーベル平和賞を受賞したマザー・テレサが日本に来た時にこのような言葉を言っていたことを思い出します。
「日本は本当に豊かになりました。物で溢れています。でも、それでも日本は未だに貧しい国です」。
マザーテレサはこの日本のどこに貧しさを見たんでしょうか。
それは、人の心の貧しさであったと言えます。
この心の貧しさについて、子を持つ親にこのようにかけた言葉が残されています。

「子どもはあなたからの、一対一の愛を待っています。
 あなたが働いてその子のパンを稼いできても、
 その子がほうっておかれるんじゃどうしようもないでしょう。
 いま、ほとんどの人が、生活をもっと豊かにしようと、忙しく働いていて、
 子どもたちは両親とすごす時間がとても少なくなっています。
 私たちが接している貧しい人たちは、物質的には豊かじゃないけれども、
 ほんとうに子どもを愛していますよ。
 その意味では、彼らは世界一の幸せ者かもしれませんね。」

マザーテレサの言う精神的な豊かさとは、子が親に求める愛、親が子どもに一対一で向かい合って注ぐ愛のような、そのような関わりあいのことである、と言います。
でも、どうでしょうか。
このようなマザーテレサの言葉が語られたのは1981年のことです。
それから40年余りが過ぎた今の私たちは、誰かと関わりあうときに、いっそう貧しくなってはいないかと、振り返ってみたいのです。

たくさんのものが便利になりました。
インターネットやスマートフォンによって、距離も時間も問わず、簡単に誰かにメッセージを送れる時代。
でも、本当に大切だと思う人に、大事な気持ちや言葉を私たちが伝えようとする時、きっと私たちはそういうインスタントなメッセージではなくて、やっぱりちゃんと面と向かって、ちゃんと伝えようとするんじゃないかと思うんです。
隣に座って、同じ景色を見る事。
たくさんの言葉を交わすこと、笑いあうこと。
誰かが自分のことをちゃんと見てくれていて、好きでいてくれるといううれしさ。
それは、きっといつの時代だって変わらず私たちにとって必要な豊かさなのだと思います。

そしてきっと皆さんも、誰かと共に生きていくとき、子を持つ親になることだってあるかもしれません。
自分とは全く違う別のいのちが、この世に生まれてくるということ。
そしてその子が生きていくためには、他でもないあなたがその子を抱きしめたり、あなたの笑顔を向けたりすることが、何よりも必要であるということを、きっと皆さんも知るときがくると思います。
だからこそ、マザーテレサが言うように、皆さんひとりひとりが本当の豊かさを忘れることなく、本当に豊かな、世界一の幸せ者になってほしいと思うのです。

今日お読みした聖書の言葉は、パウロと言う人が教会宛の手紙の中で書き残した言葉です。
パウロは元々キリスト教を信じた人々を迫害し、殺してばかりいたユダヤ教の人でした。
しかし彼はある大きな出来事を通して回心し、キリスト教を力強く人々に伝える人へと変わっていきました。
しかし彼は自分がやってきたこと、多くのキリスト教を信じる人々を傷つけてきたことを忘れたわけではありません。
その過ちのゆえに、初めは周りの人々からは全く信じてもらえなかったり、元々の仲間であったユダヤ教の人々からは殺されそうになるという立場に立たされていくことになります。
それでも彼は言うのです。「神の恵みによって今日のわたしがあるのです。」
パウロは自分の過ちを忘れることなく、様々な逆風と困難にも負けず、これまでの自分とは全く真逆の人生を選択した人でした。でもそれは、あくまで感謝の心に支えられていたからこそできたことだ、と言い表しているのです。

皆さんにとって、これからの人生の中で、色んなことを自分で選択し、決断していかなければいけないことが増えてくると思います。
でもそれは、自分の願いや自分の力だけに頼って行きていくのではなくて、必ず関わり合う誰かがそこにはいます。
その人への感謝を持って、そして一対一の、深い心の関わり合いを大事にしていくこと、それこそが、皆さんの人生を豊かにしてくれる、神様の恵みに満ちた歩みであると、キリスト教は教えてくれているのです。

これからも聖書の言葉や、キリストを信じている人の言葉を通して、励まされながら歩んでいってほしいと思います。
そのすべての言葉は、これからも皆さんの人生を豊かにし、しっかりと支えてくれる柱の一つとなるはずです。