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2026-02-10(火)
昨年若くして亡くなった親友と話す夢を見た。なぜあんなにも早く死ななければならなかったのかと呟くと、彼は苦笑しただけだった。
人が志半ばで死ぬことにおいて納得できる理由など存在しない。きっと神様のみ許で痛みも苦しみもなく、病もすべて癒されて安らいでいると信じる他ないのだ。
幼い頃、彼が私と同じ時期に洗礼を受けた時、私は彼に抱きついて喜んだらしい。あの喜びはきっと、天上におけるいつかの再会のためのものだったに違いない。
2026-02-11(水)
レベッカ・ソルニット『暗闇のなかの希望』を読み進めている。希望について語られる文章がこれほど心を慰め、力を与えてくれるとは思わなかった。
人は罪深いということを繰り返し語る旧約聖書を教える立場にあるだけあって、人間というものに絶望しかけていた自分もいた。
しかし本当に人間に希望がないのなら、神は悔い改めの余地など残さなかっただろう。ましてや、自分の御子を十字架にかけてまで、私たちが悔い改め、希望へと向かう力を信じてくださった。その真理は今もなお輝いているし、紛れもない福音なのだ。
2026-02-12(木)
昨年もこの時期に地獄を見ていたが、今年も地獄を見ている。期末試験の問題作成である。
なぜPCであれほど見返したにも関わらず紙に印刷した途端に誤字脱字が見つかるのか不思議でならない。
そして印刷をかけて見返したにも関わらず完成版を提出したのちにミスが見つかって全力で印刷室に訂正をしに行った。昨年から何も学んでいない。
パートナーが体がだるすぎるので夕食はほっともっとかコンビニで、という話になった。
パートナーのリクエストは聞いたので、ここぞとばかりに自分のメニューは思いっきり体に悪そうなやつを選ぼう。
2026-02-13(金)
教育現場におけるサービス残業ではない残業、お金が出るというありがたさの反面、家に帰るのが遅くなるという残業そのものへのもどかしさがのしかかる。
金で家族との時間は買えないのだなあ。
テストの採点ほどAIに任せるべき業務ではないか????と採点するたびに思う。
でも「ここのラインまではOK、これはアウト」みたいな境目はトンデモ回答を実際に見ないと定められないのでまだまだ難しいか……(n回目の感想な気がする)
仕事をしながら読書する時間を確保するのは本当に難しい。
意識的に10分でも確保しないと、一年で1冊も読み終われないという体たらくになりかねない。
成長することをやめたくないよなあ、と思う。
2026-02-14(土)
何だかんだでまだまだ咳と鼻水がしつこく残っている。
しつこく残るのはおいしい料理の後味だけで十分なんだけど、残ってほしいものは残らないし残ってほしくないものはよく残るこの世界のバグ修正を待ちわびている。
土曜日なので仕事が休みで、子とスーパーに買い出しに行くミッションをパートナーから課せられた。
珍しく子ども用の乗り物兼ショッピングカートを選ばず、普通のカートを自分で押す!と言う子に手伝ってもらい、ちょっと子どもの成長を感じたひとときだった。
なんとか来週の定期考査の試験問題を完成にこぎつけた。月曜に印刷に回せば一安心だけど、試験のときは誤字脱字がないかいつもドキドキする。
2026-02-15(日)
8年目に突入した愛機、Thinkpad x280のバッテリーが突然5%とかになりアラートが鳴り出す、みたいな状態になってきたので、調べてみたらバッテリーだけ交換出来るらしい。
いそいそと購入して交換してみた結果、OSやアプリの起動は以前よりも爆速になるという嬉しい効果までついてきたのでホント買ってよかった。10年使うぞ(決意)
娘が描く人物画に、棒ではない手と足が付くようになった。日に日に絵がうまくなる。
らくがき帳が謎の記号や色にみるみる消費されていくのだが、それを見ていると「絵ってこのくらい自由に描いてもいいんだよな」と思えるので良い。子どもは下手とか上手とかではなく、描きたいものをのびのび描いている。見倣いたい。
2026-02-16(月)
無事に今年度の入試が全て終わり、一つ肩の荷が下りた気持ち。
高校の学費無償化が今年の受験にはかなり影響しているようで、学費の心配をしなくてよくなった分、私立に人が集まるという現象が全国的に起きているらしい。
合格を出した受験生全員が来てくれるわけではないので「来てくれる数(歩留まり)」を予想するのが難しいのだが、悩ましい一方で喜ぶべきでもあるだろう。
どのような理由であれ、受けたいと思ってくれる生徒がいるということはありがたいことだ。
今週の一言
ここのところ日記をインターネット上に公開するということへの意義というか、モチベーションが維持できなくなってきていた。
というのも、日記を書くのは良いのだが「こんな文を誰が好んで読むだろうか…」と考えてしまう一方で、「いやいや自分が書きたいから書くのだ」という書き散らしの精神の狭間を行ったり来たりしている。
でも、そんな時に他の人のサイトに書かれた月報や日記などを読んで、「何でもない個人的な話でも、読む側としては面白いものだな」と思ったので、もうしばらく続けてみようと思う。
そういう意味では、自分は誰かのために文を書くということがモチベーションになっているのだな、とも思う。