一日一章・マタイ福音書解説(第15章)


マタイ福音書、全28章を読むために役立つ解説を、一日一章、毎日更新しています。
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自分のペースでお読みいただければ幸いです。

マタイ福音書15章

◆昔の人の言い伝え
15:1 そのころ、ファリサイ派の人々と律法学者たちが、エルサレムからイエスのもとへ来て言った。
15:2 「なぜ、あなたの弟子たちは、昔の人の言い伝えを破るのですか。彼らは食事の前に手を洗いません。」
15:3 そこで、イエスはお答えになった。「なぜ、あなたたちも自分の言い伝えのために、神の掟を破っているのか。
15:4 神は、『父と母を敬え』と言い、『父または母をののしる者は死刑に処せられるべきである』とも言っておられる。
15:5 それなのに、あなたたちは言っている。『父または母に向かって、「あなたに差し上げるべきものは、神への供え物にする」と言う者は、
15:6 父を敬わなくてもよい』と。こうして、あなたたちは、自分の言い伝えのために神の言葉を無にしている。
15:7 偽善者たちよ、イザヤは、あなたたちのことを見事に預言したものだ。
15:8 『この民は口先ではわたしを敬うが、/その心はわたしから遠く離れている。
15:9 人間の戒めを教えとして教え、/むなしくわたしをあがめている。』」
15:10 それから、イエスは群衆を呼び寄せて言われた。「聞いて悟りなさい。
15:11 口に入るものは人を汚さず、口から出て来るものが人を汚すのである。」
15:12 そのとき、弟子たちが近寄って来て、「ファリサイ派の人々がお言葉を聞いて、つまずいたのをご存じですか」と言った。
15:13 イエスはお答えになった。「わたしの天の父がお植えにならなかった木は、すべて抜き取られてしまう。
15:14 そのままにしておきなさい。彼らは盲人の道案内をする盲人だ。盲人が盲人の道案内をすれば、二人とも穴に落ちてしまう。」
15:15 するとペトロが、「そのたとえを説明してください」と言った。
15:16 イエスは言われた。「あなたがたも、まだ悟らないのか。
15:17 すべて口に入るものは、腹を通って外に出されることが分からないのか。
15:18 しかし、口から出て来るものは、心から出て来るので、これこそ人を汚す。
15:19 悪意、殺意、姦淫、みだらな行い、盗み、偽証、悪口などは、心から出て来るからである。
15:20 これが人を汚す。しかし、手を洗わずに食事をしても、そのことは人を汚すものではない。」
◆カナンの女の信仰
15:21 イエスはそこをたち、ティルスとシドンの地方に行かれた。
15:22 すると、この地に生まれたカナンの女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ。
15:23 しかし、イエスは何もお答えにならなかった。そこで、弟子たちが近寄って来て願った。「この女を追い払ってください。叫びながらついて来ますので。」
15:24 イエスは、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」とお答えになった。
15:25 しかし、女は来て、イエスの前にひれ伏し、「主よ、どうかお助けください」と言った。
15:26 イエスが、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」とお答えになると、
15:27 女は言った。「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです。」
15:28 そこで、イエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように。」そのとき、娘の病気はいやされた。
◆大勢の病人をいやす
15:29 イエスはそこを去って、ガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして、山に登って座っておられた。
15:30 大勢の群衆が、足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利けない人、その他多くの病人を連れて来て、イエスの足もとに横たえたので、イエスはこれらの人々をいやされた。
15:31 群衆は、口の利けない人が話すようになり、体の不自由な人が治り、足の不自由な人が歩き、目の見えない人が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を賛美した。
◆四千人に食べ物を与える
15:32 イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のままで解散させたくはない。途中で疲れきってしまうかもしれない。」
15:33 弟子たちは言った。「この人里離れた所で、これほど大勢の人に十分食べさせるほどのパンが、どこから手に入るでしょうか。」
15:34 イエスが「パンは幾つあるか」と言われると、弟子たちは、「七つあります。それに、小さい魚が少しばかり」と答えた。
15:35 そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、
15:36 七つのパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、弟子たちにお渡しになった。弟子たちは群衆に配った。
15:37 人々は皆、食べて満腹した。残ったパンの屑を集めると、七つの籠いっぱいになった。
15:38 食べた人は、女と子供を別にして、男が四千人であった。
15:39 イエスは群衆を解散させ、舟に乗ってマガダン地方に行かれた。


ちょこっと解説

再びファリサイ派の人々との論争が始まっています。
今回は「昔の人の言い伝え」についてです。
ファリサイ派の人々が守っていたものは、旧約聖書に定められている「律法」だけではありませんでした。
聖書の律法をより厳格に守るために、聖書の律法の記述を六百十三の箇条書きにし、さらにそれを細かな事例とそれに対する正しい行いを追加の厳格なマニュアルとして定めていきました。
当時の人々がこのようにした理由は「律法を正しく守る」という神様への信仰によるものでしたが、マニュアル化された律法を何百年も守り続けていると、むしろマニュアル化された文章のほうさえ聖書と同じ権威を持つようになっていきます。
これが、律法学者たちがイエスに告げた「昔の人の言い伝え」なのです。
しかしイエスはこの昔の人の言い伝え──律法を解釈し、人の手で作った新しい決まりを利用することで、本来聖書の律法が求めている信仰的な行いを回避することができてしまっている、という弱点を指摘したのです。
イザヤの預言を引用し、もはや彼らが神への信仰のために律法を守っているのではない、と厳しく告げることで、悔い改めを求めているのです。

ティルスとシドン──異邦人の地域であるカナンの女性に対して、イエスは始めこそ悪霊の癒やしを求める女性に対して無視を決め込んだり、最初は「イスラエルの家の失われた羊(24節)」、つまりユダヤ人を救うためだけに自分は来たのだという遠回しな拒絶を行います。
しかしそれでもカナンの女性が諦めることなく、イエスの言うユダヤ人の救いのおこぼれ、、、、 、「パン屑(27節)」でもよいと謙虚にへりくだって求めると、一転して「あなたの信仰は立派だ」と癒やしの奇跡を起こしていくのです。

イエス自身も、旧約聖書では神に選ばれ、神の救いをまっさきに受けるはずのユダヤ人、しかも聖書を教えるスペシャリストたちが、信仰を失い、自らの権威を保つためだけに神の言葉である律法を利用していたことに、深い落胆を覚えていたのかもしれません。
自分はその神に選ばれし同胞のユダヤ人たちを救うために来たはずなのに……という目的と現実のギャップにショックを受けていたことでしょう。
そこで出会ったカナンの女性の粘り強い信仰に、むしろイエスのほうが励まされたのではないかと思わされます。
だからこそイエスは突然手のひら返しをするように彼女の娘を癒やし、さらに大勢の群衆たちの病を癒やす奇跡、また再び四千人もの人々満たすというという奇跡を起こす活力を与えられていったようにも思えるのです。

イエスが伝えようとした天の国は、どこか区切られた場所を指すのではなくその関係性、、、 に来るもの、というみ言葉が、イエス自身においても顕されているのです。

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