マタイ福音書、全28章を読むために役立つ解説を、一日一章、毎日更新しています。
一緒に福音書を通読してみましょう!
通読の目次はこちらから。
自分のペースでお読みいただければ幸いです。
マタイ福音書2章
◆占星術の学者たちが訪れる
2:1 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、
2:2 言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」
2:3 これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。
2:4 王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。
2:5 彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。
2:6 『ユダの地、ベツレヘムよ、/お前はユダの指導者たちの中で/決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、/わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」
2:7 そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。
2:8 そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。
2:9 彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。
2:10 学者たちはその星を見て喜びにあふれた。
2:11 家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
2:12 ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。
◆エジプトに避難する
2:13 占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」
2:14 ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、
2:15 ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。
◆ヘロデ、子供を皆殺しにする
2:16 さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。
2:17 こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。
2:18 「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、/慰めてもらおうともしない、/子供たちがもういないから。」
◆エジプトから帰国する
2:19 ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、
2:20 言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」
2:21 そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。
2:22 しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、
2:23 ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。
ちょこっと解説
ここで登場する「占星術の学者」は、口語訳などの以前の聖書の訳では「博士」と訳されていましたから、「三博士」と言ったほうが馴染みのあるかもしれません。
彼らはイスラエルの新しい王として生まれたイエスを礼拝し、黄金と没薬と乳香を捧げています。
この三つは、「イエスがいったいどのようなお方として来られたのか」を表す贈り物になっていると言われます。
黄金は王であるイエスを表し、
乳香は主に神殿で焚かれていましたから、神様と私たちの間を取り持つ大祭司としてのイエスを表し、
そして没薬は死者の弔いのために使われていましたから、十字架において私たちのために死んでくださる救い主としてのイエスを表しているのです。
これらが誕生の時点で示されていることも、旧約の預言と同じく「神様がこれから成就されるご計画の約束」としての意味が込められていると言っても良いでしょう。
この学者たちはユダヤ人ではありませんでした。イエスがユダヤ人以外の賢者たちに王・祭司・救い主として認められるという出来事が記されることによって、旧約の神様の救いの範囲がイエスによって拡大されて、世界の全ての人々にとっての救い主となっていくことが暗示されているのです。
そのためこの出来事を「主の顕現」や「公現日(エピファニー)」と呼び、1月6日までをクリスマスの期間としてキリスト教会は毎年お祝いしているのです。
一方当時のユダヤの王であったヘロデは、学者たちの知らせを聞き、律法学者に調べさせ、預言書に「救い主はベツレヘムで生まれる」と書いてあることを知ります。
自らの王座が奪われることを恐れたヘロデはベツレヘム中の嬰児を虐殺する凶行に出ますが、先んじて御使い(天使)からお告げを受けていたイエスとその家族はエジプトへと逃げ延びています。
ヘロデが死んだあとガリラヤ地方のナザレという町に戻ってくることになりますが、ここには旧約聖書の「出エジプト記」との共通点が見えてきます。
出エジプト記でも、エジプト王ファラオがイスラエルの人々(当時はヘブライ人と呼ばれていました)の嬰児を虐殺する命令を出しているからです。
そのようなファラオの行いに報いるように、神様はモーセをリーダーとして「主の過ぎ越し」という災いを起こし、エジプト中の初子(跡継ぎである長男)を全て殺す、ということをするのです。
しかしイエスの際には、神様はヘロデに何も報いや災いを起こしていません。
むしろイエスのほうをただ逃がし、いわば救い主を”難民”にしていくのです。
これは神様がイエスを、力によって世の力に対抗する者としてではなく、徹底的に弱い立場に立つことによって世に対抗し、人を救う救い主として立てられたことが暗示されているのです。