そして、彼らに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。
──ルカによる福音書 10:2
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「人手が足りない」。そんな言葉を、私たちは色んなところで一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。
今日お読みした聖句にも「働き手が少ない」とあります。
つまり、必要な仕事を担ってくれる人が足りない、という文脈でよく読まれてきた聖句です。
一人ではとてもやりきれないほどの仕事を抱えている職業は多くありますし、そういう仕事に限って、社会に欠かせない仕事であることがほとんどです。
私たち自身においても、同じではないでしょうか。
しなければならないことが山ほどあって、自分一人でやるには重すぎる、忙しすぎる。やりたくない気持ちのほうが強い。
そう感じる現実が、私たちの目の前にもあるかもしれません。
私たちはいつも、足りないことばかりに目が向きます。
しかしイエスはただ「働き手が少ない」と文句を言いたかったのではありません。
「収穫は多い」けれども「働き手が少ない」と続けて言っているからです。
この「収穫は多い」というほうを、いつも聞き逃してしまうのが人間の罪というものです。
つまり、私たちにやるべきことがある、ということ自体が、実はありがたいことだということです。
もし私たちが、この先ずっと何もしなくてよい、目標もやるべきこともなく、これからの人生をどう生きていけばいいのかわからない、宙ぶらりんの状態にあったら、どうでしょうか。
私たちは自分の価値を見失ったり、時間だけが過ぎていくことに不安を感じてしまうかもしれません。
しかし、私たちがやるべきことは、いつも神様が与えてくださるのです。しかも、「多い」と思うくらいに、です。それこそが、「収穫は多い」という言葉に表されているのです。
イエスは、「収穫のために働き手を送ってくださるように」神様に願いなさいと勧めました。
これは、私たちが目の前のやるべきことが多すぎる、忙しい、と思うときにこそ、一人で抱え込まず、互いに励まし合って取り組むことの大切さを教えている言葉なのです。
今日の聖句は、イエスが弟子たちを二人ずつ組にして、神様のことを伝えるために人々のところへと送り出していくシーンで語られている言葉です。
きっと、私たちも同じです。自分にしかできないことに取り組むとしても、それを必ずしも一人ぼっちでやりぬかなければならないわけではないのです。
皆さんがやるべきことに取り組むとき、きっと、陰ながらあなたを応援している人がいます。支えようとしてくれる人、気遣ってくれる人、そんなあなたを見て、一緒に頑張ってくれる人がいるはずです。
そして、あなたのために祈ってくれている人が、必ずいます。
神様は、そのような働き手を必ず送ってくださいます。だから、安心していいのです。
目の前にやるべきことが山のように積み上がっていても、周りの人々と励まし合いながら、一つずつコツコツと、取り組んでいけばいい。
そこにこそ、神様の恵みを見出す日々を過ごしていきたいと思います。